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1.『終わりの始まり』
『我が名は魔王ベルゼビュート・ティンゼル。人間共よ、今すぐ武器を捨て速やかに降伏するのであれば命までは取らないでおいてやろう。さあ選べ、勝ち目のないこの戦いで消し炭となり死にゆくか我にひれ伏し命拾いするかを』
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空に広がる黒い黒雲。
その空から聞こえてくるのは魔王らしき者の声。
その声に怖気づき戦意を失った者達が逃げ出す。
「もうダメだ。この世界はお終いだ!」
耳に聞こえてくるのは悲鳴と恐怖に満ちた叫び声。
目に入るのは武器を捨て、逃げ出す兵士の姿。
人は死に近づくと恐怖し発狂し逃げ出すものだ。
「臆するな!戦え!我々人類はここで滅びてはならん!」
そう叫ぶのは勇者であるこの俺アルキスだ。
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俺は今、戦場の最前線にいる。
敵はこの世界に仇なす諸悪の根源である魔王が率いる魔王軍。
相対するのは俺、勇者アルキスが率いる連合軍だ。
この世界は5年前、魔界から攻めてきた魔王軍の手によって大国、小国含めて存在していたありとあらゆる国と領土を支配された。
その侵攻のせいで俺達人間が活動できる領域は瞬く間に減っていった。
そして現在、残す領土は俺たち連合軍が守るこのエルジオン王国だけになった。
仮にこの国が魔王の手に落ちた時、それは事実上人類の敗北を意味することになる。
そうなれば魔王は残る我々人間を奴隷の様に扱い服従させるだろう。
それはつまり・・・死の宣告だ。
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だからこそ、この国だけは何があろうとも死守しなければならない。
だが、問題は山積みだ。
まず魔王軍の兵力が3万に対して俺たち連合軍の兵力はどれだけ多く見積もっても1万程度しかいない。
兵力差で言えば圧倒的と言わざる負えないほどの大きな差がある。
そんな不利な状況で戦い続けてきたんだが、魔王軍の圧倒的な兵力を前に臆して逃げる者達は後を絶たなかった。
これは非常にまずい事態だ。
1人また1人と逃げ出すもの達が増え続ける。
これはハーディング現象という人間が最も恐るべき現象だ。
1人をきっかけに皆が同調するよつに同じ行動をとるようになる。
今のこの状況下に置いて最も最悪な事態だ。
そしてここでさらに致命的な一打を喰らうことになる。
「報告致します。先程陛下の寝室にて
陛下の死亡を確認。状況を見るに自害したと思われます。」
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俺の元へやってきた1人の伝令兵。
伝えにきた内容はこの国の象徴である王の死だ。
この事実が兵士や民に広がれば混乱は更に大きくなるだろう。
そうなれば最早、軍として機能できない。
それだけはなんとしても防がなくてはいけない。
「陛下の事は民にも兵にも報告するな。くれぐれも内密にしろ。」
あのクソ野郎、俺たちを見捨てて自分だけあの世に逃げやがった。まったく一国の王ともあろう男がなんて様だ。
だが、これは非常にまずいことになった。
この一打で圧倒的不利なこの状況を改善する方法がもうない。
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「もはや、これまでか。」
地べたに膝をつき空を見上げながら少しだけ違和感を感じた。
何故?何故こんな状況になっても女神様は俺たちを助けてくださらないのだ・・・。
俺に勇者の称号を与えた女神様、その女神様に最後に会ったの5年前の丁度魔王が攻めてきた時だ。
それ以降、女神様の姿を拝見する事はなかった。
人類が滅亡の危機に瀕していてもなぜ助けてくれないのか。
まさか・・・俺たちを見放した──?
いやいや、そんな事はありえない・・・というよりそんなことはあってはならないはずだ。
この世を統べる女神様が世界の管理を放棄して見捨てる等あるはずがない。
だが、仮にだ。仮に・・・この世界を見放したとすれば─
そんなことがあるとするならば。
──この世界は・・・終わりだ。
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最初から勝ち目のない戦。
このまま兵士達を戦わせていいのだろうか。
魔王は降伏すれば命は助けると言っていた。
それならば、例え奴隷になろうとも服従されようとも生きていける降伏と言う選択肢は正しいのではないか。
ただいたずらに兵士を死なせ人類を滅亡させるよりもいずれ来たる未来に希望を賭けてみても良いのではないか。
苦渋の決断だが、仕方ない。
ここで人間界は一度滅びよう。
そしていずれ来る未来へと望みを繋げるんだ。
大丈夫だ。ここで一度終わったとしても俺は諦めない。
何年、何十年経とうとも必ず──
俺はその時決意した。
その決意が変わらぬうちに俺は直ぐに行動に移した。
「全連合軍兵士に告ぐ!速やかに武器を捨て白旗を上げろ!我々は魔王軍に全面降伏する!」
肺に思いっきり息を吸いこみ空へ向かって高らかに叫んだ。
これ以上死者を出す訳にはいかない。
俺たちの負けだ。
その後、生き残った俺達連合軍のもの達は縄に縛られ魔王が待つ魔王城へと連行された。
そしてこの降伏宣言によって長らく続いた人類文明は終わりを告げた。
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2『魔王ベルゼビュート・ティンゼル』
降伏し拘束された俺は魔王城へと連れて行かれた。
城に着いてまず初めに連れられたのは魔王が居る謁見の間だった。
部屋の前にたどり着くと大きな鉄扉が俺を誘うかのように勝手に開く。
開いた扉の先を見るとそこには玉座に座る魔王が居た。
「貴様が勇者か。此度の悪あがきには少々手こずったが部下や民を守るための降伏宣言は実に見事だった。お前のその勇敢で賢明な判断に敬意を評して約束通りお前達の命は保証してやろう。」
魔王はそう言うと玉座にふんぞり返った。
見るだけで分かる馬鹿げた程の魔力の量。俺とはまるで桁違いだ。
その他にも言動、振る舞いその全てにおいてこいつが強いという事が一目瞭然で分かる。
「・・・心遣い感謝する。」
「よい。女神に見捨てられた哀れなこの世界の人間共に対しての我からのせめてもの情けだ。」
今こいつ・・・なんて言った?
この世界が女神様から見捨てられただと・・・?
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「何だ?貴様ほどの者でありながら気づいておらんかったのか?」
「・・・嘘だ。」
人間を助けるはずの女神様が俺たちを見捨てるなどあり得るはずがない。
「嘘ではない。女神はこの世界を見捨てた。これは紛う事なき事実だ。そもそもおかしいとは思わなかったのか?何故人類滅亡寸前まで追いやられておきながら女神が救いの手を差し伸ばさなかったのかを。」
「それは・・・」
俺も感じていた。
何故女神様が助けてくださらないのか。
直接干渉せずとも助力を授けることは可能だったはずだ。
なのに女神様はそれをしてくれなかった。
だが、女神様が見捨てた等信じられるはずがない。
女神が見捨てたっていうのなら──俺は一体・・・これまで何のために戦っていたんだ・・・。
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「まあよい。いずれにせよ女神達は直に死ぬ。」
「女神様が死ぬだと・・・?それは一体どういうことだ?」
「至極簡単な話だ。神界が間も無く我々魔族のものになる。我々は既に3つの世界を支配した。残す世界は後1つ、その世界を支配すれば女神は死んだも同然だ。」
神界が魔族の手に渡る?3つの世界?
俺は魔王の話の意味がまるで分からなかった。
魔王が話す話はまさに馬鹿げた妄想のように聞こえる。
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「理解ができていないような顔だな? まあ、仕方がない・・・か。この世界でしか生きてこなかったお前にしてみれば別の世界が存在することすら思ってもみなかった事だろうからな。」
「その言い方からすると、この世界の他にも世界があると・・・お前はそう言いたいのか?」
「左様だ。これで少しは女神がこの世界を見捨てた理由を理解できるようになったか?」
「つまり、残りの1つの世界を死守するために戦力をそっちに集中させた・・・という事か。」
「左様だ。なあ、勇者よ。女神が何を糧に存在しているか分かるか?それはな・・・人間の信仰心だ。女神は人間に崇拝され崇められる事で自らの存在を維持することができる。即ち命の源が人間なのだ。確か、この世界の人口は2万人程度だったと聞く。だが、今尚、女神が必死に抵抗し死守しようとしている世界の人口は4億人以上いる。
この人口の数を聞いて必然的にどちらの世界が優先して守られるか分かるだろう?」
なるほどな。何となくだが分かってきた。
人間の数がそのまま女神の力となるとするなら二万人程しか居ない壊滅寸前のこの世界を切り捨てて人口の多い世界に戦力を集中させる方がよっぽど合理的だな。