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1 心地いい2人の時間
誰もが一度は憧れる職業、≪勇者≫。
だが、勇者になれるのは≪英雄≫と呼ばれる希少スキルを授かった者だけだ。
≪英雄≫のスキルは基本的に貴族の血を引く者にしか開花されない。
極々稀に貴族以外の者にも授かることはあるがそれは限りなく低い確率だ。
つまり、俺みたいなただの村人に生まれた者にとっては最も無縁のスキルなのだ。
「いよいよ明日だね、グレン!」
俺の隣に座り、無邪気な笑顔を向けてくる少女。
この子の名前はエリス・フローリー。
俺の幼馴染であり唯一の友達だ。
「明日?何かあったっけ?」
「もう!忘れたの!?明日はスキル授与の日だよ!」
「ああ、そうだったな。」
スキル授与の日、それは18になる年に開催されるスキルを授かれる日だ。
スキルは本来神様からの贈り物と呼ばれていて、
18の歳になると大人になったと認められてその祝いとして神様が贈り物をくださると言われている。
授与の方法は俺もあまりよくは知らないが教会へ行き神官様を通して神様から直接授与されるのだそうだ。
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「もう!グレンの捻くれ者~!そこはお世辞でも似合ってるって言わなきゃー。」
「あーはいはい。似合ってる似合ってる。」
「なんでそんな嫌々言わされてる感だすんだよ~」
いつもしていた心地いい会話。
彼女は俺が少しからかうとすぐにいじけて頬を膨らます。
こんなくだらない時間をずっと続けていたいが、それも今日で一旦終わりなんだな。と思うと少し目頭が熱くなり涙が込み上げてくるがそれをグッと堪える。
そんな俺に気づいたのか彼女は俺の隣に座り少し間を開けて話し始めた。
「グレン、今までありがとうね。こんな僕と一緒に居てくれて。」
「な、何だよ急に。」
「今までグレンにはいっぱい迷惑かけたと思うからさ これでお別れってわけじゃないけど一応言っときたくて。」
俺は別に彼女に何かをしてあげた訳ではないし迷惑をかけられたこともない。
むしろどちらかと言えば俺が迷惑かけてた方だしな。
だけどこれはきっと彼女の勇者になるためのケジメみたいなものなのだろう。
いや・・・違うな。勇者になるための準備みたいなものかな。
勇者になれば今までの守られる弱い自分から守る強い自分になるための。
今までの自分とは変わらなければならない。
だからこその謝罪なのだろうと思った。
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「ねえグレン。僕、強い勇者になれるかな?皆んなを守れる勇者になれるかな?人々を救った英雄王シオン様みたいな勇者になれるかな?」
ああ、そうか。
彼女はきっと不安だったんだろう。
貴族以外の勇者の誕生って事もあり英雄王シオン様に重ねられ期待される。
勇者になるってだけでも重圧なのにその上歴代最強と言われる英雄王に重ねられればそりゃ不安にもなるはずだよな。
俺はそんな事も汲み取ってやれなかったのか。
さっきの謝罪はきっとそんな不安からよるものなんだと今改めて理解した。
だから俺は彼女に優しく言う。
「あんまり気負わずお前らしい勇者になればいいさ。それでも1人で気負ってどうしようも無くなったら俺の事を思いだせ。きっと俺が助けてやるから。」
力も何もない俺が何かしてやれる訳でもない──いや、そうか。何かしてやれるくらいになれるように俺も努力すればいいんだ。
勇者になれなくとも勇者である彼女を影から支えればいいんだ。
だから──
「俺も頑張るからお前も頑張れよ」
今はまだ、頑張れとしか言えない。
だけどいつか君と肩を並べて隣に立てる日が来たら──。
そんな日が来るはずはないかも知れないけど俺も出来るだけ頑張ってみよう。
彼女がこれから努力していくように俺も努力しよう。
彼女に負けないくらいに努力しよう。
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「うん。僕グレンが来るまで待ってるから。だから・・・必ず迎えにきてね。」
何気ない会話、その中で初めて見せた弱い君。
この心地いい時間を再び手にすることができる日が来るまで俺は努力し続ける。
だからこれから先君が遠くに行っても忘れないでいる。
この時間を。
君の事を。
この別れの前の───最後のひと時を。
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4 遠く離れていく君。
エリスが王都グリムガルドに旅立って3ヶ月の時が過ぎた日のまだ陽がジリジリと照りつける時間に村に一報が知らされる。
「おーい!祝報だーー!!」
右手に新聞を握りしめた1人の男が大慌てで村の中央広場へと走っていく。
その声に釣られ広場近くに住む者達や周辺にいた者達が皆その男の元へと駆け寄っていく。
「何だ何だー?」
気づけばそこは村人によって小さな円になっていた。
「エリスちゃんがA級ダンジョン踏破したって!」
広場に置かれた小さなステージの上へと広げられた新聞を見るとそこには大々的にエリスの居る勇者パーティがダンジョン踏破と大きな見出しに一面にエリス達の写真が掲載されていた。
勇者パーティは最近エリスが加入したパーティのこと。
勇者エリス、賢者ラティス、戦士アルカイナ、魔女エミリーら4人からなるチーム。
そして、賢者ラティスという男はとてつもなくイケメン。なんか無性に腹立つ。
「エリスちゃんすごいわねー。」
「これなら魔王が倒される日もあっという間だね!」
村人達は我が子のようにエリスのダンジョン踏破の話を喜んだ。
まあ、この村は人口70人程度。
全員が知り合いのような者だし喜ぶのも無理はないかな。
だが、それにしてもエリスはもうA級ダンジョンを制覇したのか。
村を旅立って3ヶ月しか経っていない。
彼女が今のパーティに加入したのはまだ1ヶ月前のことだ。
1ヶ月でのA級ダンジョン踏破は異例中の異例。騒がれるのも無理はない。
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「お前はどんどん先にいっちまうな。」
本当は他の村人達と一緒に喜ばねばならないところだが、素直には喜べない。
俺とは違うどこか遠い世界へ行ってしまっているみたいで、何故か喜べないんだ。
俺も早く追い付かないといけないと思ってエリスが旅立ったあの日以来ただひたすらに木で作った木刀を振るっていた。
だけど、やっぱりスキルの差なのか俺は強くなった実感を全く感じない。
俺のスキルの効果は自身の身体能力を0.5倍増加させるだけ。
スキルを持たないものよりほんの少し強くなれるだけなのだ。
だが、あんまり弱音を吐いている時間はない。
俺がこんなことで落ち込んでいる間にも彼女はもっと遠くへ行ってしまうから。
俺は俺の今やれることをやろう。
「教会でもう一度鑑定してもらうか。」
スキルは本来授与される日に能力を知らされるが稀にその日以降に新たに能力が上書きされることがある。
俺のスキルはただでさえ聞いた事もない謎が多いスキル。
ひょっとしたら何かスキルが上書きされているのかも知れない。
そう思い俺は教会へ行き再び鑑定してもらうことにした。
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町外れにあるスキル授与の日に行った教会へと到着した俺は神官様へスキルの再鑑定をお願いした。
「では、君のスキルの再鑑定を始めましょう。」
「お願いします。」
スキル授与の日と同じ手順で神官様は透明な水晶へ両手を添えて詠唱に始める。
そして1分後俺のスキルの鑑定が終了した。
「うむ・・・。見たところ君のスキルは身体能力0.5倍増じゃな。」
「そうですか。」
何か今の状況を改善する上書きがされていればと我にも縋る思いで来てみたが成果はなかったみたいだ。
やはり、ただのゴミスキルだったってことかな。
と諦めて帰ろうとした時神官様が再び口を開いた。
「待て、何やら文字が見える。何々・・・影は光と表裏一体。光あるところに影は本来の力を示す。」
表裏一体?なんだそりゃ。
意味が分からない。
でもまあ、あの時に言われなかったと言うことは恐らく上書きされた文書なのかもしれない。
それはほんの少しだけの進歩ということだな。
その後俺は神官様へお礼の言葉を言い教会を後にした。
≪影≫と言うスキルについてはまだまだ謎だらけだが、今後また何かしらの変化があるかも知れない。それまでは剣術の訓練でもしながら待つしかないな。
よし、今はただやれることだけやろう。
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5 村の危機
それは何でもないある日のことだった。
この村に住む全ての村人が村長から広場へ来るようにと伝えられた。
「うむ。皆いるようじゃな。」
「何ですか村長ー。まさか、また領主様が税の上げたとかじゃ・・・。」
「ええー。これ以上上げられたら生きていけないよ。ただでさえ食っていくのにやっとだと言うのに。」
この村にも当然この辺り一体を管理する領主が存在する。
その者の名前はジャガル・エルミオン。
だが、俺達村人はその領主に対してあまり良くは思っていなかった。
自分勝手に税を上げたりとにかく金にがめつい意地汚いやつだったからだ。
そんな彼はつい1ヶ月程前に税を上げたばかり。
そのせいで俺達は今、自分たちが食べていくだけでやっとの状態だ。
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「うむ。皆よく集まってくれた。実はじゃな。この村に最悪が近づいておるのじゃ。」
「何ですか最悪ってー。」
「ボアウルフがこの村のすぐ近くの森に住み着いておるのだ。数にして大凡50匹程。」
「う、嘘でしょ。ボアウルフが何で・・・」
ボアウルフはC級モンスターの魔獣だ。
単体を相手にするのなら大した強さはないから村の者達だけでも対処は可能だが数が50匹ともなるとそう言うわけにはいかない。
ボアウルフは群れを作り集団で狩りを行う。
それがボアウルフの厄介な所なのだが、ボアウルフは本来10匹程度の群れしか作らない。
なのに今回は50匹の群れ・・・そんな大所帯の群れが本当にいるとするならそれは異常事態だ。
俺たち村人が手に負える相手ではない。
「領主様にはすでに伝えておるがこちらに討伐隊が到着するまで1ヶ月程はかかるらしい。」
「1ヶ月って・・・その間にボアウルフが襲ってきたらどうするんだよ!」
ボアウルフの巣がある森はこの村から5キロ程しか離れていない距離にある。
そんな距離に位置しているのなら奴らがここを嗅ぎつけるのは1ヶ月もかからないだろう。
そうなれば俺たちだけで奴らを向かい撃たなければならなくなるが、どう見ても戦力の差が違いすぎる。
村を守ることは愚か逃げることすらできなくなる。
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「うむ。万が一のことを考えて柵を作り防御を固めよう。討伐隊がこちらに来るまで何としてもこの村を守り切るのじゃ。」
村長はそう言うが守りを固めた所で50匹の群れとなるとそう長くは持たない。
だが、今できることといえば村長のいう通りに守りを固めることだった。
ここは仕方ないく今できることをするしかない。
俺たちはその策に乗っかった。
「よし。みんな急いで守りを固めよう。村にいる子供達とお年寄りそれに女の人たちは念のため村の外には出ないようにしてくれ。いいか皆んな、俺たちの村は俺たちが守り抜くぞ!」
そして俺はこう言い皆んなに喝を入れた。
俺も正直怖いがこの村は必ず守り抜かなきゃいけない。
あいつが帰ってこれる場所をそうやすやす失わせやしないさ。
「・・・そうだな。俺たちの村は俺たちで守らなきゃな!」
「よし俺はやるぞグレン!すぐに柵の作成に取り掛かる!」
俺の言葉に刺激されたのか皆んなやる気になってくれたようだ。
そして、なんとしてもこの村を守り抜くとそう決意して
俺たちはボアウルフに立ち向かうべく村のものが一丸となって自分達の役割を全うした。
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6 その最悪は突然に。
1週間後──。
不恰好ではあるがなんとか村沿いに村を囲むように柵を配置することができた。
「なんとか出来たな。これで少しは時間が稼げるはずだ。」
だが、柵はあくまでも討伐隊の到着までの時間を稼ぐものに過ぎない。
だから予定より早く来てくれることを祈るばかりだが。
「グレン!食料の備蓄も終わったぞ!これで1ヶ月は持つはずだ。」
「よし、これでしばらくは耐えれるな。」
領主の兵が来るまでの間みんなが食いつなげるだけの食料も備蓄できた。守るための柵も出来た。
まさに準備万端だ。
「後は周囲を警戒しながら村に篭ろう。」
残す時間はあと約3週間。
それまで耐え凌げれば俺たちの危機は脱する。
それまではなんとしても耐えないといけない。
このまま何事もなく時間が過ぎてくれればとそう思ったのだが──
そんな俺の考えとは裏腹に早々にその最悪は突然やってくるのだった。
「た、大変だあーー!!」
1人の村人が大慌てで走ってきた。
「何だ何だそんなに慌てて」
「ボアウルフの群れが・・・!!」