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1 心地いい2人の時間
誰もが一度は憧れる職業、≪勇者≫。
だが、勇者になれるのは≪英雄≫と呼ばれる希少スキルを授かった者だけだ。
≪英雄≫のスキルは基本的に貴族の血を引く者にしか開花されない。
極々稀に貴族以外の者にも授かることはあるがそれは限りなく低い確率だ。
つまり、俺みたいなただの村人に生まれた者にとっては最も無縁のスキルなのだ。
「いよいよ明日だね、グレン!」
俺の隣に座り、無邪気な笑顔を向けてくる少女。
この子の名前はエリス・フローリー。
俺の幼馴染であり唯一の友達だ。
「明日?何かあったっけ?」
「もう!忘れたの!?明日はスキル授与の日だよ!」
「ああ、そうだったな。」
スキル授与の日、それは18になる年に開催されるスキルを授かれる日だ。
スキルは本来神様からの贈り物と呼ばれていて、
18の歳になると大人になったと認められてその祝いとして神様が贈り物をくださると言われている。
授与の方法は俺もあまりよくは知らないが教会へ行き神官様を通して神様から直接授与されるのだそうだ。
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その人の話ではボアウルフが村を囲い包囲しているのだという。
これは非常にまずい事態だ。
というより、いくら何でも早すぎる。
ボアウルフ50匹を相手に兵が来るまでの3週間の間俺たちだけで耐え凌ぐことはほぼ不可能に近い。
防御のための柵は作った。
だが、その柵は近くの森の木を加工して作った簡易的な代物でしかない。
1週間程度であれば耐えうる可能性はあったかもしれないが3週間となればそうはいかない。
最悪は村を捨て逃げることを視野に入れなければならないな。
だけど、まずはこの広がる動揺を抑え込める必要がある。
「よし、慌てずに自分の持ち場に着いて防御に徹するぞ。そしてまず子供と年配者それに女性達を広場に避難させてくれ。その間見張りのものはボアウルフの動きを監視して何か動きがあれば仲間達に伝えて回ってくれ。」
「了解だグレン。みんな聞いたか!自分の役割を全うしろ!」
とは言ったもののボアウルフが攻めてきてどこまで耐えれるものなのかはその時にならないと分からない。
まずいな。弱気になってきた。
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「こんな時あいつがいてくれたらな──」
守り抜けるのかわからない不安にふとエリスの顔を思い浮かべてしまう。
いかんいかんあいつはあいつで頑張ってるんだ。
俺も頑張らないと。
でもきっとあいつならこう言うだろうな。
『僕がみんなを守ってあげるんだー!』
って。
彼女のことを思い浮かべるとなんだか分からないが少しだけ勇気をもらえるようなそんな気がした。
いつでも真っ直ぐで元気いっぱいで駆け抜けていくそんな彼女のことを思い出してこんな状況にも関わらず思わず笑みが溢れてしまう。
あの時はただの1人の村人として生きていければいいと思っていたはずなのにな。
今となっては村の人たちに率先して指示を出してこの村を守ろうとしている自分に笑いが出るよ。
ははは。今の俺って──
「似合ってねーなあ。」
それはあの時君に言った照れ隠しの言葉。
そんな言葉が思わず溢れ出てしまった。
本当はものすごく似合っていたのに言えなかった本当の気持ち。
だからこそ──
「次会った時はちゃんと言ってやらないとな。」
またあいつと会える日まで俺は死ねない。
だからやるぞ。
俺が必ず、この村を守り抜いてやる。
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魔獣だろうが魔物だろうが魔王だろうが関係ない。
俺はいつか、あいつと肩を並べられる存在になるんだ。
だからこんなところでやられはしない。
勇者と肩を並べようとする者がこんな所で諦めてはいけないんだ。
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7 君の影を追いかけて──。
「様子はどうだ?」
俺は状況の確認をするために村の入り口あたりまでやってきた。
「まだ大した動きはないな。だが気は抜けない状態だ。」
ボアウルフの様子をうかがっていると他のボアウルフより大柄で毛並みが少し荒れた個体を確認できた。
恐らくあれが群れのボスだろうとそう思うほど他のボアウルフとはどこか違う異様な感じがした。
「このまま監視を続けてくれ。」
監視役の村人にそう言って立ち去ろうとしたのだが、その時に事態は動いた。
「グレンやばいぞ!ボアウルフが来てる!」
その言葉を聞き慌てて振り返ると5匹のボアウルフが村目掛けて走ってきていた。
「ちっ、動いたか。」
必死の形相で村へ駆け寄って来た5匹のボアウルフはそのまま速度を落とさず柵に向かって突っ込んできた。
その直後グチョっと肉が突き刺さる嫌な音がした。
そして1分ほど痛みで足をジタバタと動かしもがき続けたボアウルフ達は血を流し絶命した。
その瞬間にボアウルフのボスは動いた。
「ワオーーーン!」
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群れのボスが遠吠えをあげ他のボアウルフ達に指揮を取る。
その直後、残りのボアウルフ達は仲間が貫かれている柵を目掛けて突っ込んできていた。
その行動を見た俺の頭の中にはある疑問が生じた。
何故5匹だけが先行して柵へと突っ込んだのか。
そしてその姿を見た直後に何故あのボスは動いたのか。
そんな疑問を抱きながらふと群れのボスの方へ目を向けるとそいつの顔は不気味な表情で笑っているかのように見えた。
その表情を見て俺はある一つの結論へと辿り着く。
まさか・・・・。
5匹のボアウルフは他のもの達が柵を越えるための踏み台だとすれば。
その結論を確信させるべく俺は5匹のボアウルフが貫かれた柵に目を向けた。
・・・先が肉で埋もれている。
柵の鋭利に尖った先端部分がボアウルフの肉に埋もれていたのだ。
そして重なり合って横たわるボアウルフの死体。
それはまるで肉が足場のようになっていた。
その時俺の結論は確信へと変わった。
「まずい!全員村の広場まで走れ!」
手遅れになる前に直ぐに他のもの達に撤退の指示を送った。
「な、何だ?いきなり」
「いいから走れ!突っ込んでくるぞ!」
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それは知能の低い低級の魔獣にはありえない行動だ。
本来の低級の魔物や魔獣は知能が著しく低い。
それを踏まえた上で俺は村を柵で囲った。
知能の低い低級の魔獣なら無造作に柵へ突っ込みそれで終わるからだ。
だが、これは予想外の出来事だ。
低級の魔獣が知能を使い5匹のボアウルフを犠牲にして柵を乗り越えるための踏み台を作り、研がれた先端を肉壁で埋め込み攻め込むための道を作らせる。
そんな事を指示出来るのは上級の魔物や魔獣だけだ。
少し考えればわかる可能性を俺は考えていなかった。
きっとあの群れのボスは上級の魔獣だろう。
そう考えている間にもボアウルフ達は同胞の死体を足場にして村の中に入ってくる。
「うわー!来るな来るな!」
「や、やめろー!」
その予想外の行動に驚き呆気に取られた付近にいた村人達の肉体は次々に噛み引きちぎられる。
丸腰の俺たち村人では低級モンスターすら勝てないほどの差がある。
ここは今すぐに逃げないと全滅してしまう。
「ちっ、広場に行って全員村を捨てて逃げるように伝えてくれ!」
苦渋の決断だがこの状況ではもう村を守り抜く事は不可能だ。
ならばこの村を捨て王都を目指して逃げるのが最善策。
そう思い俺は逃げ惑う村人達に逃げるように指示した後ボアウルフの方を振り向く。
これは俺が招いた結果だ。
低級魔獣とは言え知能の高い魔獣が率いている可能性を考えていなかった。
俺がその可能性を考慮していれば・・・こんな状況にはなっていなかったかもしれない。
だからこれは俺の失態。
俺がここで責任を持って食い止めなきゃいけない。
だから──
俺は近くに落ちていた木の棒を拾って構えた。
「ここで1匹でも多く倒してやる。」
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幸い広場には≪身体強化≫のスキルを持つもの達もいる。
捌き切れない分はその人達に任せて俺はここで1匹でも多く数を減らすことに専念しよう。
大丈夫だ。俺だってあいつが旅立ってからの3ヶ月間ひたすら1人で剣を振り、技術を磨いて来た。
低級魔獣相手なら俺だって少しはやれるはずだ。
大丈夫大丈夫だと恐怖のあまり震える手をグッと押し込める。
「俺なら出来る。」
そう自分に言い聞かした俺は棒を両手で握りしめ自分の頭の上へと大きく振り上げて勢いよく振り下ろした。
何度も何度もただひたすら木の棒を振り下ろす。
だが、俺の攻撃でボアウルフ達の勢いが止まることはなかった。
不意打ちで1匹は倒せたが次から次へと俺に飛びかかってくるボアウルフ。
そんな状況では俺の足掻きも無意味。
「ぐはっ。」
ボアウルフ達に噛みつかれた俺の体はありとあらゆる場所から血が滲み出ていた。
そんな状態の自分を見てさっきまでの威勢とは裏腹に一気に死の恐怖が押し寄せる。
俺の力では何とか意表を突いた最初の1匹を倒すだけが精一杯だったからだ。
そんな不甲斐ない無力な自分をただひたすらに悔やんだ。
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「何で・・・」
何で俺には力がないんだろうと心に嘆いた。
君の隣にいたくて君の影を追いかけて・・俺は自分なりに努力してきたはずだ。
毎日腕立てもして腕力も磨いた。
毎日走り込んでスタミナもつけた。
棒を振るって技術も磨いた。
君に追いつくために死に物狂いで努力した。
だが、現実は虚しくそれほどまで努力し続けた結果が今のこの死にそうになっている自分だ。
君に追いつきたくても追いつけない。
君は俺より先へとどんどん突き進んでいくのに何で俺はこんな所で立ち止まっているんだろう。
だけどそう悲観してもボアウルフ達の勢いが止まることはなかった。
「ガウッ!!!」
君の隣に居れるようなそんな力は俺にはないのだと、その現実を思い知らせるかのようにボアウルフ達はただひたすらに俺の体を噛みちぎる。
「俺は・・・弱いな。」
もうここで死ぬのだと自然に死を受け入れてしまった。
次第に俺の視界はかすみ始め体の自由が効かなくなる。
体が動かない。ボアウルフに噛みつかれた体中が痛い。
傷口からは血が止めどなく溢れ出る。
死に向かって行く自分の薄れゆく意識の中に走馬灯なのか、ポツンと彼女の姿が思い浮かんだ。
「ははは。もう一回会いたかったな。」
あの日以来、遠くへ行った君に最後に一度だけでいいから会いたかった。
俺の気持ちを・・・伝えたかった。
俺は彼女のことを思い浮かべながらゆっくりと目を閉じた。
さよならだなエリス。
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そう自身の死を受け入れた直後、事態が動く──
俺の目の前にいたはずのボアウルフ達が突然吹き飛んでいたのだ。
その瞬間に俺は聞きなれた声を耳にする。
「グレン。よく頑張ったね。後は僕に任せて休んでていいよ。」
この聞き覚えのある心地いい声は──。
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8.再会
「よかった。何とか間に合ったよグレン。」
聞き慣れた声。
その声が聞こえると俺の意識は引き戻された。
重い瞼をゆっくりと持ち上げると
倒れ込んだ自身の体の前を見るとそこには───君がいた。
「エミリー!グレンの怪我の治療をお願い!絶対に死なせないで!」
彼女がそう言うと俺の元へと1人の女性が駆け寄ってくる。
エミリー、確かエリスのパーティメンバーだったっけ。
「了解~。私が回復させてる間は援護よろしくね~」
そう言うとその女性は俺の体に手を当てて詠唱を始めて俺の治療を始める。
「エリス・・・何でお前が・・」
「遅くなってごめんねグレン。でももう大丈夫だよ!僕が全員守ってあげるから!」
別れたあの日から何も変わらない声と見た目。
そして聞き覚えのあるセリフ。
俺はその言葉を発するのは俺がずっと想いを寄せていた君だと再認識した。