海と花束 創作
創作板は協議の結果しばしβ版として運用する事になりましたので、それに伴い急な仕様変更等でご迷惑をおかけするかもしれません(´;ω;`)
申し訳ございません
また、誠に勝手ながらご了承を頂ければ幸いです
灰色で煙色の
2コメント 2021/04/06(火) 00:30

  • 2  雨沢  2021/04/06(火) 00:30:15  [通報
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    遠い遠い、日常だったあの頃の話だ。

    私たちは二人とも、まだ十にもならない幼子だった。
    エレンが乾いた咳から始まった風邪を拗らせ、三日三晩寝込んでいたことがあった。
    エレンは昔から寒さに弱いから大丈夫よ、というおばさんの声も耳に入らず食事もそこそこに私はエレンのベッドのそばに座っていた記憶がある。
    熱に浮かされていつもより赤く染まっているエレンの頬は不謹慎にもとても美しくて、私はふわふわとしたそれをそっと撫でていた。
    そうしてしばらくが過ぎ、熱が下がって来た時のことだった。
    「はいいろのゆめ…けむりいろのゆめ…」
    エレンが目を閉じて熟睡したままそう呟き始めたのだ。
    最初は悪夢でも見ているんじゃないかと思って肝を冷やしたが、彼の表情はどうやら高熱によるうわ言を言いながら苦しんでいるのではなく、単純に夢を見ているようだった。
    灰色の夢と煙色の夢ってなんだろう、とエレンに訊きたくなったが、起こすのも悪いと思いやめた。そうだ、そろそろアルミンが来る時間だ。賢い彼なら分かるかもしれない。

    「灰色の夢と煙色の夢か…。」
    家の外壁にもたれかかって座ったアルミンの髪が秋風に揺れる。少し寒そうに上着の襟の端を寄せて、
    「全く検討がつかないけれど」
    と前置きしてから、私の目を見て言った。
    「多分、駐屯兵団の人に最近煙草を吸う人が増えたろ。エレンはそんなもん吸ってる暇があったら仕事しろ、って言ってたしさ。それが夢に出てきたんじゃないかな?」
    それにしても、夢を見ているのに夢だなんてエレンは面白い寝言を言うね、とアルミンはおかしそうに笑う。
    「確かに」
    アルミンではなく、日が落ち始めた空に向かって呟く。
    「エレンがそう言うなら…そうかもしれない」
    アルミンが一瞬こちらを向いたのが分かった。
    狭い壁の中は、昼はせわしなくたくさんの人が歩き回っているけれど、暗くなると少しずつ人通りが減り始める。
    「僕、もうそろそろ帰らなくちゃ。」
    手をこすり合わせると、アルミンは立ち上がって言った。
    「じゃあね!エレンによろしく」
    軽やかに段差の浅い階段を降り、早足で歩く人々の波にまぎれて、やがて彼の金髪は見えなくなっていった。



    なぜそれを思い出したのかは分からない。ただ、今私の目の前にいる、頭が太い太い骨のようなものに
    根付いた生物が、私がかつて頬を撫でたエレン・イェーガーという少年であることは間違いない。

    震える手でブレードを抜く。 刃が鋭く残酷に光る。私は彼を殺し、彼の人生をここで、この手で終わらせるのだ。悪夢も、思い出も、彼が存在していたという全てが、今この瞬間で終わる。銀色に澄み切り尖ったそれが曇るように立体機動装置のガスが反射している。灰色の、煙色のガスが。

    灰色と煙色?

    彼の目を見る。あの頃と何も変わらない深緑の瞳だ。その瞳は、きっと私でもブレードでもなくて、夢を見ているのだ。灰色で煙色の夢を。あの小さな家のベッドで見ていた夢を。彼は忘れてはいないのだ。私たちが過ごしたあの毎日を、外の世界など知らない少年だった時間を。

    刃が宙を切って、やがてエレンの首に触れる。

    「いってらっしゃい、エレン」

    永遠に、夢の中に。

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