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部活帰り、地平線に沈む夕日を眺めながら帰宅していた。
海沿いに家がある為、毎日海を眺める事が出来るのだ。海なんて滅多に行けない、という人からしたら羨ましい事だろう。だが、良い事なんてほんの少しだけで、殆どは白い砂浜の上を走るカップルの姿を見る事になる。
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そして、だんだん沈んでいく夕日。
その夕日に趣を感じる。
ボンヤリとした淵に、波が小刻みに揺れているような海。
夕日の反対側を眺めると、夕食の支度を始めた頃の家が立ち並び、空は段々と黒くなっていく。
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はっと気づくと、夕日はもう海の底に沈んでいて、
空には星が見える頃になってしまった。
いつも帰ると親から、「また夕日なんか眺めていて、、、」と呆れられてしまう。
言ってしまえば、それほど夕日が美しいのだ。
自然の荘厳なる力を醸し出し、壁から覗くように星空が見えてくる。
昼間。ぼんやりとした明かりの月がはっきりしてくるのも堪らない。
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きっと今日もいつもと同じ。
明日もきっと同じ。
それはきっと大人から見れば「何を馬鹿な」と思われるような妙な確信。
けれど何故か今が永遠に続くと、少なくともこの時の僕は信じて疑わなかった。
そんな僕のいつものスタイルは、幸せそうな恋人達の姿から目を背けるため俯いて早足で歩く事。
だからずっと爪先ばかり見つめ、僕は"それ"にぶつかってしまうまで気が付かなかった。
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正確に言うとぶつかると言うより踏んづけた、という表現が正しいのだろうか。
“それ”は黒く長い人の髪の毛だった。
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どうしてこんな物が落ちているのだろう。
見なかったことにして自宅へと歩みを進める。
足を前へ前へと進めていると、ふとある事に気がつく。
明日提出の課題を学校に忘れてしまったのだった。
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この事を思い出した時には既に髪の毛の事等頭の中から消えていた。
(これはまずい)
と進行方向を急遽変え、あたふたしながら学校へ向かった。
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学校の教室に着き、机の引き出しの中の
社会の教科書とノートを手に取る。
その時、僕の頭の中に響くような声が
テレパシーのように聞こえた。
『私の髪の毛どこ?』
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聞き間違いだと思った。
聞き間違いであって欲しかった。
けれど無情にも再度はっきりとその声は響いた。
『あなたの髪の毛、もらうね?』
「!?」
プチプチと嫌な音がし、同時に頭皮に言いようがない激痛が走り僕は気を失った。
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夢を見た。黒髪がとても美しい女性の夢を。女性は写真を見て涙を流していた。そこに一人の男性がやって来る、その女性の肩に手を置いた。すると女性は何やら叫び出し怒った様子で、男性の手を振り払い、突き飛ばした。男性もそれで機嫌を悪くしたのだろうか、顔を真っ赤にさせ女性の側へ駆け寄ったと思ったら髪を掴み引っ張った。
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男性は女性の髪を強く引っ張り、
女性は男性に強く抵抗し、痛々しい叫び声をだしていた。
それでも男性は強く引っ張るどころか、笑顔ではないか。
いつもは怒らず穏やかと言われる性格の僕は男性の行為に何故か今までにないほど強く憤慨し、憎悪を抱いていた。
そして、女性の髪を引っ張る男性を僕の手にあったサンドペーパーで殴り○そうと側に忍び寄ったとたん、目が覚めた。
そして僕は何故か校舎の屋上にいた。
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辺りはもう真っ暗になっていた。親も心配しているだろう。そう思い出口の方に目をやると“男”が立っていた。見覚えのある服装だった。
その男はこちらに気がついた様子を見せると僕の方をじっくりと見た。顔の表情までは確認出来なかった。何せこの学校の屋上は明かりが無い為夜だと真っ暗なのである。
タ……タ……タ……と靴底と地面がぶつかり合う音がどんどんこちらへ近づいて来るのがわかった。しかし、体が動かない。頭では動け動けと体に命令しているのだが、自分の体が全くの別ものかの様にびくともしなかったのだ。
そしてだんだんとお互いに顔が見える距離にまで近づいて来た。
そして僕が見た光景は、背筋が凍るなんて比にならない程の光景だった。
そう、その男は“笑っていた”のだ、目を大きく見開いて。
そこで僕は思い出した、夢の事を。
(あの女性を酷い目にあわせていた人だ……)
もう一つ見覚えのある服装、それは僕の学校の教師の証だと言わんばかりに派手な、真っ青なスーツだった。そしてあの女性も…………。
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「……………………ね」
何かを言ったみたいだが、声が小さくて上手く聞き取れない。
すると今度はもっと大きく、裂けるのでは無いかと思うくらい口をあんぐりと開けて言った。
「君、気づいちゃったんだね!!
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男はそう言うと鏡を取り出した。そしてその鏡をこちらへ向け、男は再び目を大きく見開いた。
そして鏡に映っていた自分の姿を見て僕は目を疑った。
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顔がぼろぼろなのだ。
顔を思いっきり紙やすりで擦られたかのように。
口角からは血が滴り、鼻は血で滲み、目については何も言えない惨状だった。
頰はアクネ諸共潰され膿と血が混ざっていた。
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「なんで、、、」
自分の顔のあまりの無残さに何も言えなくなっていた。
すると男はポケットから砥石を取り出し僕の顔に思いっきり叩きつけた。
ギュチャッという音と共に衝撃で僕は倒れ、あと数センチで屋上から落ちそうなところまでなっていた。
砥石からは僕の血や膿が滴り落ちており、地面には折れた歯が砕けて散らばっていた。
鼻は潰れて呼吸をしようとすると血と共に吸ってしまいそうになってしまうぐらいだ。
男は僕を身動きとれなくするためにポケットからバタフライナイフを取り出してアキレス腱のあるところにナイフを下ろした。
激痛と共に何かが切れる音を感じた。
「○される」僕はそう直感し、抵抗しようと足クビを必死に動かした。
助けてと声を出そうとしたが、声を上手くだせない。
これが男の逆鱗に触れたのか、アキレス腱を切り終わり、舌打ちとともに、「じゃあ、もっと苦しめてやるよ!」と次に僕の太腿を滅多刺しにしようとした。
その時である。
「やめてよ!」
ハリのある女性の声が屋上の出入り口から聞こえてきた。
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出入り口前に立っていたのは
茶髪の短い髪で20代前半くらいの
背の高い女性だった。
女はさっきの台詞を吐き終えると
スカートのポッケからナイフを
取り出し、僕を襲った男へ
ナイフの先端を向けて駆け出した。
女は一度は男の怪力により、左手の
払いだけで尻餅をつくほどに突き飛ばされたが、直ぐに体制を直して男にナイフを向けて突っ込んでいく。女と男の格闘が始まった。
男は素手で戦っているというのに、やたら強く女は何度も投げ飛ばされた。それでも女はナイフを握りしめ男を刺そうと向かって行く。
その様子を僕はただ震えながら見ているしかなかった。次の瞬間、女のナイフが男の左足に刺さり、男が耳をつんざくほどの断末魔をあげた。
「今すぐ、此処から離れて!!」
女が僕にめがけてそう叫んだ。
ー次の瞬間、何故か辺りが目も開けられないほどの強い光に包まれ、僕は気を失った。
それからどれほどの時間が経っただろうか?
僕は気がついたら、暗くあちこちがボロボロに崩れかけた廃校の中にいた。
窓から外を見ると既に夜になっていた。
だんだん思い出してきたことがある。
そうだ……僕は退屈な毎日に嫌気が指して
ネットで偶然知った曰く付きの『心霊スポット』に一人で来たんだだった。
危険度がとても高いとか、〇人鬼の霊
が出るとか、元教師の幽霊が出るとか
嫌な噂しかないこの立ち入り禁止の
廃校に………
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あの男から受けた傷は何故か消えていた。
それでも何故か僕の身体はずきずきと
痛みがしている。