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プロローグ
恋人同士は、見えない赤色の糸でつながれているという。非常にロマンチックで夢のある話だと思うが、僕たちの関係性には当てはまらない。
僕たちの関係性を表すとしたら、一体何色の糸になるのだろうか。
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第一話 昇る
僕の名前は小林喜笑。喜ぶに笑うで、きしょうと読ませる。母が言うには、よく笑ってほしいからとこの名前をつけたらしい。
しかし今僕は、まったく喜べず笑えない状況におかれている。
僕は、中学受験の合格発表を待っている。その時間が、刻一刻と僕に迫っているのだ。
遂にその時が来た。目の前のpcの文字を認識するのに、そう長く時間はかからなかった。
<<合格>>
その文字列を認識した瞬間、僕は安堵と共に脱力感を覚えていた。
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第二話 陰る
僕は、迷わずこの感情を母に伝えた。
「お母さん、僕合格したよ!やったよ!」と僕。
「あら、それは・・・本当によかったわね!」と涙ぐんで母。
「今すぐお父さんと叶ちゃんにも連絡しなきゃ!」とあせった様子で母。
お父さんと、叶。あまり馴染みのない名前で、少し現実から浮いたような気分になる。
すぐに急降下し、現実に引き戻される。
「あ、ああ。お父さんと、叶さんね・・・。」と狼狽して僕。
叶さんとは、僕の姉だ。僕が小学五年生のときにできた、今社会人2年目の姉だ。
ここまでの言い方で、なんとなく察せるとは思うが、僕のお母さんは一度離婚している。
といっても、僕が2歳の時の事だから記憶はないんだけど。
微妙に陰った気持ちのまま、僕は自室に戻ることにした。
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第三話 不条理
とにかく、一旦落ち着こう。そう思い、スマートフォンの電源をいれ、パスワードを打ち込む。
通知音が鳴った。姉からだ。無視したかったが、そうする訳にもいかないので内容を読む。
〈きーくん合格おめでとう!お母さんからもう聞いてるよ!〉と姉から
はぁ。意識の外から大きなため息をつく。
〈きーくんはやめてよ。もうそんな歳じゃない〉と僕。
〈ねぇねぇそういえばさ、毎朝電車で通学するの?〉
そういえば決めていなかった。受験に合格するというところに集中しすぎて、肝心なところを忘れてしまっていた。
〈そういえば決めてなかった。〉と短く僕
〈だったらさ、中学の間私の家に来ない?〉と唐突に姉
いきなりの提案に一気に沈む僕。不条理な壁を目の前にして、選択を更に迫られていた
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第4話 決断
僕は相当悩んだ。僕の語彙では説明しきれないほど、とても悩んだ。
確かに姉の部屋で共同生活すれば、お母さんの金銭的な負担は減る。
しかし、だからといって今までろくに一緒に生活をしなかった相手の家にこれから少なくとも三年の間住み続けるのは、さすがに気が引ける。
どうしようもなくなって、母に相談した。やはり僕を先導してくれるのは母なのだ。
「お母さん、こんなのが送られてきたんだけど」とスマホを見せながら僕。
スマホを覗き込む母。少し間が空いた。
「いいんじゃない!これ!」とノリノリの母。
「そ、そう?」内心うろたえながらの僕。というか母に話は通してなかったのか。
いくら悩んだといっても、いざとなったら抵抗がある。
「叶ちゃんに連絡しておくわね、okだって!」とさらに母
「い、いやまだokといったわけじゃ!」とあせって僕。
「いいじゃないの。別に。兄弟でしょ。喜笑も、叶ちゃんも。」と諭すように母
しかし、母の決断とあってはもうどうしようもならない。僕も覚悟をきめ、しばらく後の未来に備えることにした。
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第5話 刹那
決断から暫し後。
僕は、ドアの前にいた。味気のない白いドアに囲まれた、味気のないこげ茶色のドア。
インターホンに手を伸ばす。ボタンを押し、カメラの前に少し背伸びして立つ。
「こっ、小林喜笑ですっ」緊張を隠しきれず僕。
『はい、どうぞ~』と判別のつきづらいまでににごった声の姉。
少し間が空く・・・
刹那、ドアが開いた。
「まってたよ~!きーくん!」といつもの2倍ぐらいの声のトーンで姉
まるでハグでもしてくるんじゃないかってぐらいの勢いで迫ってくる姉
「だからきーくんはやめてってば。」とうんざりして一歩下がる僕
「まあまあ・・・それよりあがってよ。」とほんの少しばつが悪そうに姉
「・・・お邪魔します・・・」どうしても口数が少なくなって僕
玄関に踏み込み、周りを見る。靴箱、芳香、ドア。いたって普通の家で安心した。
しかしまだまだ気が抜けない。
「じゃあ・・・こっちへ・・・」と正面のドアへと案内する姉。
受験だけでも大変だったのに、これからの勉強や暮らしがさらに大変になりそうで、心に何か虫のようなものが這い、悪い予感を残した。
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第6話 溜飲
中に招き入れられ、部屋の中を見回す。白い壁紙に囲まれた木をベースにしたシンプルな家具の、いたって普通な部屋だ。
まあ部屋の隅に洋服が無造作に積まれている気がするが、目を瞑っておくことにしよう。
「とりあえず、荷物はこっちにおいてね。」と部屋の隅のほうに空けられたスペースのほうに誘導される。あらかじめ持ってきていたキャリーバッグを置く。
「おなかすいたでしょ。ちょっと待っててね。ご飯持ってくるから。」そういわれスマホの時計を見ると、もうすでに12時を回っていた。
緊張しているのもあいまって、あまり空腹を感じない。口ごもる僕を脇目にも置かず、シンクの方に向かっていった。
いすに座ってしばらくして運ばれてきたもの。豚バラとキャベツの野菜炒め。白米。味噌汁。いたって普通だ。さらに緊張の糸が解けていくのがわかる。
「結構料理には自信あるから!食べてみて!」謎のジェスチャーを交えながらそう促され、さすがに素直に口にする。
「うん・・・まあ・・・おいしい・・・かな。」しかし素直に答えづらく、またもや口ごもってしまう僕
「ちょっと!素直においしいって言ってよ!」といいつつにやけ顔の姉。内心ため息が出てしまうほど、頭が花で埋まってるんじゃないかと思うほどの発言ばかりだ。
そんなため息を飲みこみつつ、食事を口に運んだ。